石清水八幡宮の参道の東側に沿って小幅の川が流れており、中頃に安居橋という名の反り橋が
架かっている。毎年9月15日に行われる石清水祭の放生会はこの川に魚を放ち、安居橋から鳩を
放つためこの川は俗に放生川と呼ばれている。安居橋の東のたもとに立派な蔵が建っており、桜
の頃には花と橋と蔵がひとつの風景となって絵になる雰囲気を醸し出している。この蔵は何か由
緒のあるものかと気になっていたのだが、偶然ある会の集まりでこの家を見学させてもらう機会
を得た。
この家は「中村家住宅」で、「大歌堂」と呼ばれる書院と、表門及び蔵の3棟が2012(H24)年登
録有形文化財となっていた。もともとは道頓堀五座のひとつである弁天座の座主であった尼野貴
之が大正時代に別荘として建築したものとのことである。
「大歌堂」は数寄屋造の要素を多分に取り入れた書院造で、15帖の広間と3帖の上段の間、1.5帖
の踏込床及び3帖の書院から成り、南と西に1間巾の広縁を有している。広縁の外部には2尺ほど
の濡縁が付きその先に庭園が広がり、西の生垣越には男山東山麓の眺望が借景されている。
天井はなかなか見所があり、広間は吹き寄せの折上格天井、上段の間と書院は一枚板の鏡天井、
広縁は吹き寄せの竿縁天井となっている。
改修時の写真と説明書きを見ると、広縁から濡縁に至る部分の屋根は跳ね木による持ち出しとな
っており、建具を開放すれば内外一体となった日本建築の雰囲気が充分堪能されたことは想像に
難くない。残念ながら現在は木製建具がアルミサッシに変えられており、その取付用に間柱が加
えられているために庭園との一体感は少し損なわれているが、いつの日か復元されてほしいもの
だと思う。
春の草花と芽吹いた松が描かれた襖絵、鯉の描かれた幅広の掛け軸は渡辺祥英という画家の手
によるもので、共に保存状態が良好であるため大変貴重であるとの研究者の指摘がある。
尼野貴之の経歴や交友関係の詳しいことは明らかでないようであるが、上段の間で披露される
歌舞を楽しみ、男山山麓を借景とした庭園を眺める数寄者の集う様が目に浮かんでくるようで大
変楽しい一時を過ごした。
保存改修工事を行われた中村家の方々に感謝するとともに、地域の文化財として今後も親しま
れるよう何らかの形で応援できればと思う次第である。
(写真は左より、安吾橋よりみる、書院内部1、書院内部2、庭より男山をのぞむ)
(2015/09/10)