旧三井家下鴨別邸(その1)

 昨年のこととなるが、秋の一日、京都で国の重要文化財の修理前の見学会が清掃を兼ねて行われたので参加した。


 建物は旧三井家下鴨別邸で、木造三階建望楼付の主屋、平屋の玄関棟、二階建の水回り諸室棟、及び茶室棟からなり、敷地は下鴨神社の南に隣接し広い庭を有することから、外部から一見すると糺の森の一部のように見える。主屋はかつて三条木屋町上ルの木屋町と鴨川に面した東西に奥行きの深い土地に建てられ、座敷は鴨川に臨み、望楼からは東山の山並をはじめとして市内が一望できたという。大正11年に現在の場所に移築され、その際玄関棟と水回り諸室棟及び茶室棟が増築されている。昭和24年に京都家庭裁判所に譲渡され、所長官舎として数年前まで使用されてきたとのことである(以上、京都府の近代和風調査/京都府教育委員会 参照)。


 旧財閥の別邸ということで歴史的価値が極めて高いことは言うまでもないが、望楼を持つ珍しい外観は別として、主屋は典型的な数寄屋造り、玄関棟は典型的な書院造り(ただし和洋折衷)で内部造作に関してはとりたてて特筆すべき点はないのであるが、極めて面白いディテールが2個所見受けられたので、このことについて記すこととする。


 そのひとつは望楼の雨戸である。望楼は階段部分も含めて4.5帖の正方形平面であるが、周囲の景観を楽しむことを第一義とすることから、四周全てに腰高窓が連なっていて壁がない。ここに雨戸を取り付けるにはどうするか。戸袋部分を跳ね出しとする手はあるが、ここでは眺めの邪魔になるし風対策も必要となってくる。蔀戸として軒天に上げて留めるという手もあるが、軒先があまり深くなるのは眺望の妨げになるし、留め金物も工夫しなければならない。内雨戸として建て込むという方法もあるが、これは手間がかかりすぎるし、あくまで風雨対策であり防犯用ではないからこれもダメ。実はここでは腰壁を外部にふかして戸袋とし、ここに0.75間巾の2枚の雨戸を納めて使用時は引き上げているのである。左右の竪枠に階段状の加工が施されていて、引き上げた雨戸

はここに留めるようになっている。


 この雨戸をみてふとミースのトューゲントハット邸を思い出した。トューゲントハット邸の居間のガラス窓は床から天井一杯に達しているため一見FIXのように見えるのだが、実は上下に動き、開けるときは全体が地下に格納されるようになっている。規模の大小こそあれ発想も基本的な納まりも同じである。むしろトューゲントハット邸が電動であるのに対して、三井家別邸の望楼の雨戸の場合はあくまで一人の人間の手による開閉である点においてよりプリミティブな感動を覚える。


 ただし普通はこんな納まりは用いない。理由は簡単で雨仕舞が難しいからである。トューゲントハット邸がどうなっていたか、どこかに断面図があったのだが出てこないので確認できない。三井家別邸の望楼の雨戸は戸袋内に板金が施されていて、ここに入り込んだ雨水は下部のスリットを通して屋根に流れ出るようになっているのではないかと思われる。ただし、限られた時間で詳しく見ることができなかったため、詳細はよくわからないままでいる。


 また、先に引き上げた雨戸は左右の竪枠に留め置くと書いたが、これがそれほど簡単ではなくなかなかうまくいかない。三井家のように使用人がこの用にあたる場合はよいが、住人自らがこれを行うとなるとちょっと考えものであることは確かである。


 さて、寡聞にしてここに見たような雨戸の納まりを他に知らないのだが、どこかに同じような例があるのだろうか。どなたか御教示願えれば幸いである。


(写真は左上から時計回りに、写真1-南側外観/望楼の雨戸は上げられている、写真2-北側外観/右側の入母

屋造平屋が玄関棟、写真3-望楼内部/ガラス戸の暗い部分は雨戸が上げられている、写真4-雨戸戸袋廻り詳細

/右側の戸袋は雨戸が一枚上げられている、2枚目の雨戸を留める受け口が竪枠に見える)

(2013/01/15)