本野精吾が、自邸と(おそらく本野の関与大と思われる)中村建築研究所京都出張所で採用したコンクリートブロックの外壁あらわし仕上げを、さらに大規模な住宅で展開したのが、山科の疎水近くに建つ昭和4年(1929年)竣工の鶴巻邸である。
床面積を比較すると、自邸が約180㎡、鶴巻邸が約400㎡ということから2倍強、壁間距離に制限があるたま、基本的には部屋ごとの単位スぺースを連結するということで、空間的な面白みはそれほどないのだが、対象が大きくなるとしたいことがたくさん見えてくるというのはものづくりの性みたいなもので、鶴巻邸では、玄関廻りや窓廻りなどのディテールに苦心惨憺というより、楽しみながらいろいろ考えたんだろうなと、現場で立ち止まる本野の姿が浮かんでくるようで実に楽しい。
左の写真は、敷地西側道路からみた全景、ここから南側にまわりこんで玄関に至る。実に風格がある。塀も外壁とおなじブロックであろう。真ん中の写真は玄関。2本の円柱や円柱上部の曲面梁が小叩き仕上げとなっているのが特徴で、打ち放し仕上げという情報は多分持っていなかったのだろうが、たとえそういう情報があったとしても、仕上げのテクスチュアを重視する本野は用いなかったのではないだろうか。柱はエンタシスもとってあったように記憶していたのだが、写真でみると判然とせず、ちょっと自信がない。失礼ながら、少し太いのが気になる。玄関上部は円形のサンルームで、この半円部分の屋上床はキャンチ(跳ねだし)となっており、ここからの眺めはなかなかのものであった。
右の写真は木が邪魔して見にくいのだが窓廻りのディテール。窓は外壁から張り出して取り付けられており、戸袋は内雨戸や網戸が引き込まれる場所となっているというとてもめずらしいもので、この戸袋部分は多分プレコンの組み合わせで実にいろいろやっている。プレコンの仕上げは玄関の柱と同じく小叩きと思うのだが、なにせ風化していることもあって、ひょっとしたら元は打ち放しだったのかもしれない。
室内に目を転ずると、見所となるべき階段廻りは、手摺や段状に窓が並ぶなど、装飾性が消し去られていない点には、逡巡する本野の姿が浮かび上がってくる。また、造り付け家具はもちろん、移動家具も主要なものは全て本野の設計によるもので、2階のサンルームなどなかなか見ごたえがある。さらに、1階の台所が広く充実しているのも特筆もので、ドイツ留学の経験がこのへんに直接的にあらわれているのだろうと思う。
(2012/07/15)